OCM一級建築士事務所
 

2008年03月


  2008年3月31日(月)   
終日事務所にて作業。
雨が降っていて、寒い。

               §

夜、渋谷屋根裏へ、連れ合いのライブ。
ガサーラ君、ツキアキ君、トプ子さんとともに。
ベースの音がいつになく良かった。連れ合いはアンプのせいだ、と言っていた。

終了後、三平酒寮で飲むが、くだらない話ばかりしてしまい反省。
もっと、こう何というかタメになる話を期待されているはずだが、どうもダメだ。

               §

写真、キャットストリートのANDO物件、for rent.
これからが「建築の力」のためされるときだな……
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  2008年3月30日(日)   
ひる前から東京の北の方を10km歩く。

15:00時ころ、日暮里で還俗、駅前の「いづみや」に入る。
落ち着く……すばらしい。

               §

学生が原宿で展覧会をやっているというので、見に行く。
一年生の春休みに、そうやって、合同で、やるってことは、すばらしい。

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写真、日暮里駅で発見したすばらしい“修悦体”、これ、学生の課題に出そっと……。

フォントに対する愛が薄れゆく現代……まずはここから歩き始めてほしいもんだ……。
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  2008年3月29日(土)   
午前執筆、昼めし昼寝
午後執筆、夕めし夕寝
晩執筆、晩めし……これから寝る。

たぶん、はじめて、終日執筆をやってみた。
M副編集長の「巨匠の名言」の方ではなく、O編集長の「巨匠戯曲」の方。
期限が、三月一杯……。
約束の「原稿用紙(400字)×240枚」まで達し、内容も、ちょうどいいところ。

だが、いろんな文献をもう一度ナナメ読みしながら、もしくはDVDをみながら巨匠の肉声を肌で感じ、全体を調整する作業……終わりをみきわめる勇気が必要……。

               §

明日は、Y編集長の「業務上の散歩」に出る。10km以上は歩く。
あさってからは、Tクライアント様の設計に没頭……。

どっちみちあと30年しか脳は使い物にならない。
“王様のように” 仕事しよう……。
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  2008年3月28日(金)   没年でみる巨匠
1965年 ル・コルビュジェ
1967年 フランク・ロイド・ライト
1969年 ワルター・グロピウス
1969年 ミース・ファンデル・ローエ

僕が生まれて4才までの間に、4人の巨匠が死んだ。

すごい時代だ……。
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  2008年3月27日(木)   
終日事務所にて作業。

郵便を出そうと郵便局へ。
あっ、いつのまにか桜が咲いている……と思いながら、タコ公園をぬけ、郵便局へ着くと、郵便物を持っていない事に気づき、やりなおし。

近所のペトロコーヒーでフィルターと豆を買ったり。

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今週は
「巨匠の名言」(日経アーキテクチュア)
「建築ツウ的感傷旅行」(建築日和)
「建築ツウの散歩術」(散歩の達人)
などの連載原稿をとにかく仕上げる。

              §

夕方スーパーマーケットへ、(今週の)鶏ガラを買いに。

夜、麻辣湯みたいにして食べる。
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  2008年3月26日(水)   
終日事務所にて作業。

夕方から、学校へ。2年生の講師会。
終了後、ヨシミズ氏、イシカワ氏、ハッタ女史、ナガヨシ氏と「あすか亭」で懇親。

               §

帰ってみるとまたOCMが「ぺんぎん軒」になっていて、パウンドケーキができていた。
しかたがないので、ラベルを貼ってあげた。

製造年月日を3時間偽って表示してしまった。
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  2008年3月25日(火)   
「なんで上海のこと書かないのよ」
「え?ああ、まあ」
「普通ブログっていったらそういうこと書くんじゃないの?トピックスっぽいこと」
「ああ、でもこれブログじゃないし……」
「また何か雑誌に無理矢理送りつけて載っけてもらおうとしてるんでしょ……」
「いや、別に無理矢理ってわけじゃ……」
「散歩も、旅行も、脱コンビニも、巨匠も……何でもかんでも仕事にしなきゃ気が済まないのね……まあいいわ、で、何してたの上海で?」
「いや、だから写真のようなラーメンを食べに……」
「ラーメン?一杯75円のラーメン食べに?わざわざ?飛行機に乗って?」
「そう、これ蘭州牛肉ラーメンって言ってさ、中国のイスラム圏の食べ物でさ、何と言うかこの一杯の中に中国4000年の歴史がつまってる……」
「うそでしょ?」
「ほんと……開高健も言ってたよ『子供の心を持って、大人の財布で遊べ』ってさ」
「ちょっとそれ意味が違うんじゃないの?アラスカとか行って釣りしたりすることでしょ?」
「あ、そうなんだ……」
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  2008年3月24日(月)   祝!『散歩の達人』デビュー
『散歩の達人』2008.4月号(交通新聞社刊)にて
「建築ツウの散歩術」なる連載を開始しました。

建築ツウ、いよいよ一般誌デビューです。
一年間、ちゃんと連載がつづけられれば、晴れて「散歩の達人“黒帯”」くらいにはなれると思います。

普段はあんまりやらない「建築系雑学」も少々入れて、5%くらいの資料的価値を持たせ、歴史をからませつつも、現代へ着地しつつ、ウッカリズムも健在……といった感じで散歩していきます。
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  2008年3月24日(月)   
午前、執筆成功。

午後、設計成功。

夜、写真のプリント試行錯誤の、選別作業、学習し、明日へと持ち越す……。
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  2008年3月23日(日)   上海彷徨
四日間ほど、上海に遊んでいました。

明日から、社会復帰します。
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  2008年3月19日(水)   
朝hangover.
終日事務所にて作業。

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チベットを通してニッポン研究。
西欧ではデモが起こるが、ニッポンでは起こらない。
毒入り餃子ではあんなに中国をバッシングするが、チベットの件では中国をバッシングしない。
バッシングはするが、餃子は大好きだ。
そして餃子を食べ、漢字を使い、オリンピックには出たい。
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  2008年3月18日(火)   
事務所にて作業。
夕方、バンタンデザイン研究所にて、来年度の打合せ。

早々に退散し、青山へ。

明治大学のT先生が、京都大学の准教授になられるというのでお祝い。
T先生の後輩のイトー事務所のチーフK氏とともに、ル・コルビュジェにスケール感はあったかなかったなどなど議論。
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  2008年3月17日(月)   
アーティスト ヨシミズ君が、「ROSE HOUSE & ROCK GARDEN」のための参考資料を整えてくれた。

サンキュー

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終日事務所にて作業。
晩、“商品企画”の打ち上げ。
クライアントの方々、OZONEの方々、それに建築家の石井さん、湯浅さんらと神田の「竹苑」という上海料理屋にて。

業界の様々な思惑がかいま見られて、おもしろかった。
(みなさんあんまりお酒を飲まれないな……)と思いつつ、一人で紹興酒をがぶがぶと……。
かつ、上品な会だったので、あんまりしゃべらないように、ガマンした。
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  2008年3月16日(日)   
「大西洋を望む誰もいない断崖絶壁とそこから落ちた羊」『建築ツウに訊け!』p220(エクスナレッジ刊)

高校一年生の大島君の日記より
「きのう面談があった。理系工学部建築学科とずばりと答えた。」1981年11月7日(土)

「建築家だって?あまく見るんじゃないよ。工学部へ行ったって国家公務員への道はひらけるんだよ。」12月13日(日)

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人によく「どうして建築家になったのですか?」と聞かれるが、実は今ひとつよくわからない。
豊富な文献をひもといてはみるものの、よくわからない。

高校一年生の担任が国語の先生で、左に傾いた教員の鏡のような人で、ブルジョアジーに対する憎悪がだだもれしており、それで国語が嫌いになって、逆に明解な答えの出る、幾何学や有機化学(亀の子)が好きになっていったような記憶がある……。

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午後から新宿ozoneにて打合せ。「ROSE HOUSE & ROCK GARDEN」
終了後、連れ合いを呼出し、ご家族4人とともにライオンでお食事。

楽しく酔っぱらい、帰って来る。
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  2008年3月15日(土)   
朝から暖かくて、眠りからさめたくない気分。
土曜日、K2旅館の朝食。

白米、大根・あぶらげ・豆腐・わかめ・万能ネギのみそ汁、連れ合いの好物丸うの塩辛、上州より送っていただいたふきのとうの醤油でたいたん、しらす、キャベツの浅漬け。

写真、畳の縁の使い方・フレーミングがダメ……。

さあ、仕事仕事……。
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  2008年3月14日(金)   
午前執筆。
O編集長へ、業務連絡。
38才マデ到達、歴史ガ動イタ42才マデアト4年。

午後設計、簡易建具表の作成開始。

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スタジオのインテリアをどうしようかとずっと考えていて、ジャン・リュック・ゴダールの「ONE PLUS ONE」という映画の中でまだブライアン・ジョーンズのいるころのローリング・ストーンズが「悪魔を憐れむ歌」のリハーサルをしているスタジオの壁、たぶん吸音板のペール・トーンな感じが、ずっと20数年頭の中に残っていたので、思い切ってYOUTUBEで確認してみた。

GOOD.

               §

映画?
二十歳の頃は大阪の大毎地下劇場というところへ足しげく通って、古いフランス映画の三本たてとかをみていた。年間数十本はみてたと思う。
自分はフランス映画ツウだと気取って東京に出て来たら、みんなフランス映画ツウだったので、それ以降人前で映画の話をしなくなったし、全く観なくもなって、やっぱり建築ツウになろうと思った。

寝たきり老人になったら、K2日記を自動再生したり、小さなDVDでもう一度映画をみようと思っている。
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  2008年3月13日(木)   
朝、事情があって執筆はせず……。

午後、設計、延床70坪の住宅の電気系統図を1、2階とも一気に描き上げる。
器具、スイッチ、コンセント、分電盤、埋設管にスッキリポール……。

設計契約から1.5ヶ月で、電気系統図が“描き上がって”いるというのは、たぶん奇特なことです。

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写真、あらゆるものを捨てながら生きているのに、なぜか生き延びているペン立て。
高校生か、二十歳の頃の作成のもの……。
おうちにあったタイプライターで打ち込んだ、もの。

そう、あの頃はまだ“活字”に対する大いなる嫉妬とあこがれがと尊厳があった。
今、“活字”って、死語だな……。

ただの空き缶のこのペン立て、たぶん、僕が浮浪者になっても持って行くものだと思う。
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  2008年3月12日(水)   
午前執筆。
午後設計。
今日はpotting shed やaoborについて調べた。

今後、建築の人間が、こっちに流れる可能性もあるな……と思ったり。

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晩、OCMは連日のように「ぺんぎん軒菓子製造所」と化している。
僕の役割はアートディレクション、梱包、発送などなど……。
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  2008年3月11日(火)   
午前、執筆
午後、設計
何ら、異常なし……。

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夜、連れ合いが、オーブンで、ひたすら菓子を焼く横で、晩酌。

やりたいことがいっぱいあってじかんがたりない。

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ふと思った。
1960年代って「ロクジュウネン代はさあ〜」とか「シックスティーズ」っていうけど、今年は2008年。
2010年になってしまたら、2000年代のこと何て言うのか……。
「ゼロ年代?」「二千ヒトケタ?」「ゼロズ」「今世紀初頭」
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  2008年3月10日(月)   
午前、執筆。
午、確定シンコク。
午後、設計。
夜、塗ったり、削ったり、飲んだり、食ったり、いろいろ。

               §

連れ合いのプロジェクトPGK(……ペンギン軒)が、ゆっくりと始まる。

まずは、焼き菓子を発注……
間に合うかな……。
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  2008年3月9日(日)   
体を動かさなければ死んでしまうので、日中散歩。
目黒から武蔵小山あたりまで。
帰ってきて、また渋谷まで、麻の布や白ペンキ、金ブラシ、フランクリン社のtitebondなどを購入。

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アアルトに関する文章で、多様な素材・形態の混在したる状態は、増築を促す云々とあった。いい指摘である。後年、どんどん誰かが増築したくなるような状態が、いわゆる有機的であるといいうのではないだろうか。

モノリスのような強い完結性よりも、スキの多い建築。
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  2008年3月8日(土)   
空が白み始める六時頃、布団を逆さまに向けて、その青い光で、巨匠本を読む。
(やっぱりグロピウスは何もおもしろいこと言ってくれねえなあ……)とブツブツ言いながら二度寝。

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終日事務所にて作業。
夕方から、事務所整理。
すっきりさせて、平成20年度を迎えたい……。

もうカタログ類の紙を思慕せず、ネットに依存しよう……と多くのカタログ、捨てる。
本も、捨てる……小学校から使って来た国語辞典、浪人時代をともに過ごした英和辞典も、捨てる。

写真の島田雅彦とも決別、捨て……ああ、これ12冊あります。
非厳正なる抽選になりますが、一式差し上げますので、メールください。

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20代は建築の本なんて読んではいけません(あっそうそう、百年前は可です、論文とかかかなければいけませんからね……)。生で感じてください。30才すぎると確実に感性は鈍ります。鈍ってから、実はどうだったのかと、本を開けばいいのです。
巨匠の言葉は、40過ぎてから、効く……。
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  2008年3月7日(金)   
終日事務所にて作業。
夕方から、夜までかかって写真のような作業。

(はぁ……あと1.5倍は働かないとダメだな……)などとぶつぶつ言いながら

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『日経アーキテクチュア』3−10号
巨匠の名言は隈研吾です。
彼は昨年よくがんばったので、巨匠の歩みをスタートさせたことにしました。

(もしかして“巨匠”のハードルをぐっと下げ、文章を書きやすくするという狙いもあるのかも……)
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  2008年3月6日(木)   
午後、“九段下の巨匠”にインタビューをしに行く。
詳細は次号の「iA(アイエー)」にて、お楽しみに。

              §

雑誌の企図するところと、個人的に聞きたいところと、織り交ぜながら、O編集長のナビゲーションにも助けられた。

終了後、神保町まで歩き、明倫館書店で「近代建築の証言」(TOTO出版)という“巨匠インタビュー本”(笑)を買って、天鴻餃子房で一服して、お茶の水まで歩いて帰途につく。

早く「インタビュー」でなく「対談」ができるようになりたい。
「えらくなること」自体に意味はないが、えらくなることによって自分のやりたいことができる環境をつくることは大事だと、常々思っている。
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  2008年3月5日(水)   
事務所にて作業。
コンサバトリーのことについて研究など。

               §

明太子おにぎりを食べて、午から卒業式に出席。
朝、ロンドンのMR.TELLからCentral Saint Martins BA course Womens wearに合格したというメールがきたので、それそそのまま読みあげ、贈る言葉とした。

その後の謝恩会にて、おとなしい学生達を盛り上げようとはしゃぐが、みな、ドン引き。

翌朝、タイガースのユニホームを洗濯し、干しながら、当然自己嫌悪……。
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  2008年3月4日(火)   
本格的設計番組「未来設計図」配信されました。

ご高覧下さい。
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  2008年3月3日(月)   
朝から脳内はパリへ。
巨匠本、執筆、成功。

連れ合いがつくりおきしといてくれた餃子で午めし。

右の汁は、鶏ガラだし、昆布だし、鰹だし、豆板醤、中華系化学調味料、にんにく、絹豆腐、キャベツ、万能ネギ。
汗が吹き出た。
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  2008年3月3日(月)   
午寝をして、脳内は、バンタンデザイン研究所の来年のカリキュラムへ。

メールで連れ合いが「かぜをひいた」と。

これはこまったと晩飯、バラ寿司と蛤のお吸い物……をつくったが、帰って来た連れ合いは布団に直行。

一人で写真を撮りながら、ひな祭り。

れんこん、高野豆腐、しいたけ、こんにゃく、かんぴょう、さやえんどう、錦糸卵、えび。
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  2008年3月2日(日)   
ひる前よりOCMにて打合せ。
建て主さんとOZONEの方がおみにえになる。

事務所と“居住棟”の方も、つぶさにご覧になられる。
OCMは建築家の事務所というより、何かのアジトのようなところなので、たぶんとてもおもしろいと思う。

元来サビービス精神が過剰なので、楽しんでいただければとてもうれしい。

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打合せ後、建て主夫妻と連れ合いが行きたがっていた近所のイーヴォというピザ屋で昼食。

昼間っから白ワイン二本と最後にグラッパまでいただいて歓談して二時間ほどいたら、お店の人に「もう帰って下さいと」言われた(笑)(せちがらいな、本場ナポリでもそうなのかな?)。

帰宅後、連れ合いは練習に出かけてしまったので、もぬけの空で、鶏ガラスープをグツグツ煮ながらボッーとしていると夜が更けた。
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  2008年3月1日(土)   
仕事を休む。
遅い朝めしをたらふくたべ、ほったらかしにしているVespa の様子を見に行く。
タイチョープ……さすがバッテリーレス、3発キックでエンジンが冬眠からめざめる。

暖かい、Vespa日和。
車がすいている週末の東京。
スイスイ。

連れ合いを後ろに乗っけ、浅草のハヤタカメララボへ、宮崎さんという人の手作りスリットフードMS-46を購入。

高いおもちゃだ。

その後、吉原、日本堤へ。
スクーターなので千束4丁目の喫茶店キャリオカでカフェオレを飲んで休憩。

その後カッパ橋で野田琺瑯のバターケースなどを買って六本木経由で帰宅。

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